大判例

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大阪高等裁判所 平成2年(う)12号 判決

本店所在地

大阪市旭区生江一丁目二番二〇号

南都実業株式会社

(右代表者代表取締役 田村吾郎)

本籍

奈良市北市町二四番地

住居

大阪府豊中市長興寺南三丁目一六番二〇号

会社役員

田村吾郎

昭和一九年三月一五日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成元年一一月二八日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、右の者らからそれぞれ控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 朝倉安藏 出席

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、いずれも、被告人南都実業株式会社(以下、被告会社という)及び被告人田村吾郎(以下、被告人という)の弁護人豊島時夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用するが、論旨は、いずれも、原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、被告会社は建築工事の設計、施工および管理等を営む法人であり、被告人は被告会社の代表取締役であるところ、本件は、被告人が被告会社の二年分の法人税合計八九〇〇万円余を逋脱したという事案であるが、逋脱税額が多額であり、逋脱率も八六パーセントに達していること、本件脱税の動機も、実際の所得金額で申告すると国税、地方税を併せて所得金額の約六割を納税することになるので、会社の資金繰りのためにも裏資金を備蓄したいという程度のものであつて、特に酌むべきものがあるとは認められないこと、所得秘匿の方法においても帳簿を改ざんして売上繰延べ、売上除外、水増し仕入れの計上のほか、取引先の代表者印、領収書等を偽造して架空材料仕入れを計上するなど悪質であることなどの諸事情に徴すると被告人らの刑事責任は軽視できないものがある。

所論は、本件脱税の手段、方法に関して、売上繰延べや仕入れの繰上計上によるものが相当多い割合を占めていると主張するが、売上繰延べ・仕入れの繰上計上によるものは、その期で否認されても翌期で認容されることになるので、これらの手法による所得の圧縮は生じ難く、また、たとえ生じたとしてもその圧縮額は少額であるものであり、本件においても、昭和六二年三月期における犯則所得金額七一三八万八七三四円中繰延関係分は六五六八万七二七四円で九二パーセントを占めることになるが、前年度に否認された繰延関係分六六二九万〇六四一円が認容されるので、差引所得圧縮額はマイナス六〇万三三六七円となり、事実上犯則所得を構成していない。同様に、昭和六三年三月期における犯則所得金額一億三八五一万六四六八円中繰延関係分は六四六四万五八九二円で四六パーセントを占めることになるが、前年度に否認された繰延関係分六五六八万七二七四円が認容されるので、差引所得圧縮額はマイナス一〇四万一三八二円となり、これも、また、犯則所得を構成していないのであつて、いずれにしても、売上繰延べや仕入れの繰上計上による所得の圧縮は生じていないものである。

次に、所論は、法人税法一五九条、一六四条に規定されている罰金刑は、甚だ高額であり、別に重加算税などが課せられるとなれば、これらの額を合算すれば、被告会社は著しく過大な金額を国家に納付することになり、これを本件についてみるに、昭和六二年三月期の被告会社の所得金額が八九九八万四三五〇円であるのに対し、同会社の負担すべき税金は法人税、附加税、地方税などを含めて総額七一五一万三五〇〇円で、また、翌六三年三月期の被告会社の所得金額が一億六七四五万九八八一円であるのに対し、同会社の負担すべき諸税の総額は一億三九〇一万九七〇〇円で、これに原判決の罰金二二〇〇万円を加えると被告会社の負担すべき諸税及び罰金の合計額は二億三二五三万三二〇〇円となり、結局、被告会社の右二事業年度の合計所得金額に対する諸税及び罰金の合計額の割合は九〇パーセントともなるので、原判決の罰金の量刑は高過ぎ、刑罰は公正な刑罰であることを要求する憲法三一条に違反する疑いがあると主張する。しかしながら、憲法三一条が所論のごとき事項を保障する規定とするのは、所論独自の見解というべく、当裁判所の採用の限りではないが、罰金と重加算税その他の附加税とはその趣旨、性質を異にするものであるから、これを単純に合算して論議すべき筋合いのものではないし、同種脱税の事例との対比においても本件罰金が特に高額なものとは認められないのであつて、本件罰金が高額すぎて憲法に違反するものとは認められない。

以上の次第であるから、被告会社において、本件起訴対象年度以降の被告会社の収益が悪化しているにもかかわらず、本税及び附加税を全額納付しており、また、被告人においても、今後二度と罪を犯さない旨誓つているなど、その他、被告会社及び被告人に酌むべき一切の情状を考慮しても、被告会社を罰金二二〇〇万円に、また、被告人を懲役一年、三年執行猶予にそれぞれ処した原判決の量刑はやむを得ないものといわねばならず、不当に重いものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴をそれぞれ棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西一夫 裁判官 七沢章 裁判官 清田賢)

平成二年(う)第一二号

控訴趣意書

法人税法違反 被告人 南都実業株式会社 ほか一名

平成二年二月一五日

右被告人両名代理人 弁護士 豊島時夫

大阪高等裁判所刑事第一部 御中

標記被告事件にかかる弁護人の控訴趣意の要旨は左記のとおりです。

原判決は、その量刑重きに失し不当であります。

一 原判決は検察官の被告法人に対する罰金二、五〇〇万円、被告人田村吾郎に対する懲役一年の各求刑に対し、被告法人に罰金二、二〇〇万円、被告人田村に懲役一年、執行猶予三年の判決を言渡した。

二 しかしながら右量刑は本件の左記事情のもとでは苛酷に失するものであります。

1 ほ脱税額は最近のこの事犯においては少額の部類に属します。

2 被告法人の法人税の脱税は、本件起訴対象年度の二年間のみであると言つても過言ではありません。

本件起訴対象年度は、二事業年度だけであるが、これはその前年度(61、3期)の過少申告が、起訴するに足りないほどであるだけでなく、更にそれまでの年度においても、いわゆる脱税というほどの不正申告もなかつたのであります。

通常の脱税事犯が、起訴対象年度よりも以前に相当長期にわたり行われ、脱税による簿外資産が蓄積されているのと類を異にしているのであります。

3 脱税の手段、方法は、売上繰延や仕入の繰上計上によるものが相当多い割合を占めています。

売上繰延や仕入の繰上げ計上という方法は、各事業年度の正確な損益額を計算するという点では、その正確性を損うものですが、二事業年度ないしは数事業年度を通算してみれば、総額においての損益額は変りません。

売上を除外してしまつているとか、仮空仕入れを計上するという方法は、完全に利益を隠してしまうのですが、売上繰延や仕入れの繰上げ計上は、完全に利益を隠すのではなく納税の時期をずらすだけのものであります。

したがつて、以前は、査察事犯においても、売上の繰延などは、いわゆる犯則所得としていなかつたのであり、重加算税の賦課対象ともしていなかつたくらいであります(控訴審において立証予定)。

4 そのほか、本件事犯における手段、方法は幼稚なものや、確定的な脱税にならないものが相当多く含まれていることをご考慮戴きたいと存じます。

六三年三月期の脱税の大部分を占める売上除外一億一千万円については、これを全く公表経理から隠してしまうという通常の脱税方法はとらないで、内六千万円については実際には売上により入金した銀行預金を残しておいて、単に決算書上の金額を減少計上しただけで、残りの五千万円は、被告人やその家族らから借入した金員が入金したという経理処理をしていました。

銀行預金については、実際に他に流出させているわけではありませんから、これまでの被告法人の経理方法から見ると、次年度では仮空の売上を計上するなり、経費を過少計上するなりして、実際の所得よりも多く所得を計上することによつて実際の銀行預金残高と合致させる処理をすることによつて、結局二事業年度を通じると脱税のない状況に戻したでありましょう。

したがつて、この方法による脱税には、納税時期をずらすだけの意味しかありません。

ただ、残りの五千万円については、被告人らからの借入金として計上していますので、後に借入金の返済という形で支出すれば、完全な脱税となるのでありますが、資産の裏付けのない被告人田村吾郎やその家族からの借入金を計上しても、こんな初歩的な手口は税務署員の容易に発見できるものでありまして、このような手口は昔流行したけれども現在ではほとんど行われていないほど幼稚なものであります。

5 本件起訴対象年度以降の被告法人の収益が悪化しています。

このことは原審法廷で被告人田村が申上げたところでありますが、本件事犯で検挙された後にそれまで共に経営してきた宮川修専務が独立したので、得意先の三分の一を割愛したほか、奈良支店の全従業員の退社独立、営業担当の大久保氏の辞職、他社勤務等に伴い、得意先が減少し、ひいて売上や利益が遂次減少し、現在では資材や経費の高騰により損益ぎりぎりのところまで営業成績が落込んでいる状態にあります。

6 罰金刑を軽減しなければ憲法違反の疑いを生ずることについて

昭和四五年九月一一日言渡しの第二小法廷判決は、「国税通則法六八条の重加算税のほかに刑罰を課しても、憲法三九条に違反しない」旨を判決要旨とする判決(最高裁判例集二四巻一〇号)であるが、同判決は同時に、弁護人の「昭和四〇年法律三三号による改正前の所得税法六九条に規定されている罰金刑は、甚だ高額であるが、別に重加算税が課させられるとなれば、両者の額を合算すれば、被告人は著しく過大な金額を国家に納付することになるから、右六九条は、刑罰は公正な刑罰であることを要求する憲法三一条に違反する」旨の主張に対し、「憲法三一条が所論のごとき事項を保証する規定であるかどうかは別にして、前述のごとく、罰金と重加算税とは、その趣旨、性質を異にするものであり、そして、所論改正前の所得税法六九条の罰金刑は、同条にその寡額の定めがなく、情状により比較的軽く量定されることもありうるのであるから、同条の罰金刑の規定自体が著しく重いということはできない。それゆえ、違憲の論旨は、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。」旨判示している。

現行法人税法一五九条、一六四条の罰金刑に寡額の定めがないことは判示の所得税法六九条と同様である。また、多額についての規定も現行法と同様である。右最高裁判決は、要するに、罰金刑の金額が高額である場合には税法罰則規定は違憲となることを前提として、「比較的軽く量定されることもありうるのであるから」違憲ではないと云うのである。

ところで、本件についてみると、六二年三月期の被告法人の所得金額が八九、九八四、三五〇円であるのに対し、同法人の負担すべき諸税の総額は七一、五一三、五〇〇円で、六三年三月期の被告法人の所得金額が一六七、四五九、八八一円であるのに対し、同法人の負担すべき諸税の総額は一三九、〇一九、七〇〇円(いずれも控訴審において立証)で、これに原判決の罰金を加算すると、右罰金は二事業年度の脱税に対するものであるから、右二事業年度の合計所得金額が二五七、四四四、二三一円であるのに対し、その諸税総額は二一〇、五三三、二〇〇円で、これに罰金二、二〇〇万円を加えると被告会社の負担すべき諸税及び罰金の合計額は二三二、五三三、二〇〇円となり、所得金額に対する諸税及び罰金の合計額の割合は実に九〇パーセントとなる。

したがつて、原判決の罰金の量刑は高きに失し、違憲の疑いがある。

7 原判決が、被告法人に対する罰金を、検察官の求刑額に対する通常の判決の量刑割合よりも高くしたのは、被告人が架空仕入等を計上する際、取引先の西日本イトン販売株式会社の印鑑等を勝手に作つてこれを用いていたものであるとか、同社に与えた衝撃が大きいとか、巧妙、悪質、計画的である旨の検察官の論告に影響されたのではないから推認される。

脱税のためのその他の手段、方法は脱税の通常の手段、方法に過ぎない上、被告法人がとつていた売上繰延等の方法は前記のとおり反つて違法性が低いのであります。

被告人が、主要な取引先である西日本イトン販売株式会社の然るべき地位にあつた責任者の了解をとりつけた上で、検察官の指摘する方法で架空仕入等を計上した旨を主張することは、当該責任者の地位を危うくする一方、被告法人の営業もほとんど停止するほかはなくなるので、この主張はしないけれども、本件事犯摘発後の平成元年九月五日付けで、被告法人に対し、右西日本イトン販売株式会社の親会社である日本イトン工業株式会社から、同社の業績に多大な寄与をしたとして感謝状が寄せられています。(控訴審において立証)。

もし、被告人なり被告法人が、西日本イトン販売株式会社から、事前のなんらの了解も得ないで勝手に同社の印鑑等を使用して文書を作成するなどの行為をしていたとすれば、その事実が発覚次第、被告法人は西日本イトン販売株式会社ないし、その親会社から取引停止処分を受けたであろうことは業界の常識である。

にもかかわらず、反つて親会社から事件発覚後に感謝状が被告法人に寄せられている事実をもつて、真実の事情をご賢察願いたいのであります。

8 検察官のご求刑中罰金は、二事業年度の脱税額の二八パーセントであります。

通常のご求刑が三〇パーセントないし三三パーセントであることを考えると、検察官は、弁護人が主張しているような前記諸事情をご賢察された上で量刑を定められたものと思料します。

裁判所にも同様のご賢察を賜わりたいのであります。

9 納税についても被告法人は努力しています。

前記のとおり、被告法人には資本の蓄積がなく、かつ、起訴対象年度以降収益が落ち込んでいるものの、納税については国税局との約束どおり、納税を進め、本年五月をもつて完納の予定であります。(控訴審において立証予定)。

三 以上の次第でありますから、原判決を破棄し、被告人らに対し寛大な判決をされたく控訴に及んだ次第であります。

以上

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